ケーススタディ(2026.6)

中小M&Aの成否は
「相談先」と「条件の整理」

 

株式会社日本提携支援 代表取締役 大野 駿介

《設例》中小企業オーナーが自社にとって最適なM&A仲介会社に辿り着くまでの現実

地方都市で建設関連会社を営むY社長(68歳)は、創業以来約40年にわたり内装資材のリースや内装工事の支援を手がけてきた。長年事業を営んできた実績から、取引先や金融機関との関係も安定している。Y社長自身はこれまで、「70歳を区切りに退き、その後は社内の後継候補に事業を任せたい」と漠然と考えており、会社を第三者に譲るM&Aは自分には関係のない話だと思っていた。
 しかし近年、経営環境の変化によって受注が増える一方、資材費や人件費の上昇、採用難、ベテラン社員の離職などが重なるようになってきた。売上はあるものの、従来どおりの体制で会社を維持していくことに不安を感じる場面も増えてきた。そうした中、金融機関やM&A仲介会社から事業承継に関する提案を受ける機会が増え、「社内承継だけにこだわらず、外部資本を含めて考えるべきではないか」と意識するようになった。
 もっとも、仲介会社ごとに提案内容や企業評価、買い手候補の説明は異なり、何を基準に判断すべきか分からない。仲介会社と面談したことにより、M&Aの相談先が分からなくなる、いわゆる「M&A相談迷子」となっていたのだった。Y社長は、「会社をいくらで売れるか」だけでなく、「従業員の雇用を守れるか」「会社を今後も地域で続けていけるか」といった点も含め、自社にとって望ましい承継の形を整理したいと考えている。

 「M&Aは大企業がするもの」「売却は廃業の代わりに過ぎない」──そう考えている中小企業オーナーは少なくない。しかし、FPや金融機関の担当者が日常的に接する顧客層にこそ、事業承継やM&Aのニーズが潜んでいることも多い。
 本稿では、実際にM&Aを成立させた二人の経営者の事例を基に、当事者がどのような背景でM&Aを選び、何を重視して相手先を決めたのかを整理する。事業承継に関わる支援者として、経営者の意思決定プロセスを理解する一助となれば幸いである。

 1.ケース①「70歳まで続ける」つもりが──熊本地震が変えた決断

(1)会社の概要と経営者の背景
 Y社長は、九州を拠点に建設・内装資材のリース・内装工事支援事業を約40年にわたり手がけてきた。業歴の長さに裏打ちされた現場力と地域ネットワークが強みの会社だ。売上の粗利率は3割強と堅調で、九州の商業施設や再開発プロジェクトに多数携わってきた実績がある。60歳代後半となったY社長は、もともと「70歳になったとき、退職金をもらって後継者に事業を渡す」という個人的なプランを描いていた。M&Aは当初、まったく念頭になかったという。
(2)きっかけは「想定外の出来事」
 状況が変わったのは、熊本地震(2016年)をきっかけとした資金繰りの変化だった。復興案件の急増により受注は増えたが、想定外のコスト負担とトラブルが重なり、財務バランスの立て直しが必要となった。さらに、人口減少と採用難という地域特有の問題も重なり、ベテラン人材の離脱や営業担当の入れ替わりが続いた。
 「今のメンバーだけで守り切るには、だんだん負荷が大きくなってきた」とY社長は振り返る。70歳プランという「時間軸」で考えていた承継が、外部環境の変化によって「今すぐ考えるべき課題」へと変わった瞬間だった。
(3)仲介会社選びと「情報の非対称性」
 M&Aを視野に入れた頃から、大手仲介会社の営業が相次いだ。送られてくる提案書の内容や条件はさまざまで、初めてM&Aに臨む経営者にとっては、その妥当性を判断する基準を持ちにくい状況だった。結果的にY社長が選んだのは、複数の仲介会社に同時依頼するという進め方だった。この手法には、主に三つのメリットがある。
 一つ目は、買い手候補の幅が広がることだ。仲介会社によってネットワークの強みは異なる。得意とする業種、地域、買い手の規模感がそれぞれ違うため、仲介会社を1社に絞ると提案される候補先が偏りがちになる。複数社に依頼することで、より多様な買い手候補にアプローチでき、選択肢を広げることができる。
 二つ目は、各社の動きに競争原理が働くことだ。複数社が並走する構造においては、仲介会社それぞれが積極的に買い手候補を探す動機を持つ。結果として、提案の質や担当者の熱量の差が自然と可視化される。「どの会社が本気で動いているか」が見えてくるのだ。
 三つ目は、比較検討によって意思決定の精度が上がることだ。1社しか話を聞いていない状態では、その提案が適正なのか判断する基準を持ちにくい。複数の視点を持つことで、バリュエーションの妥当性や進め方の合理性を相対的に評価できるようになる。
 一方で、複数依頼には相応の負担もある。Y社長が特に苦労したのは、各社との情報管理と進行の同期だ。複数のアドバイザーそれぞれに対して、同じ資料を準備し、同じ質問に答えるコミュニケーションコストが発生する。また、買い手候補が重複した場合の調整や、進捗の差が開いてきたときの判断も容易ではない。加えて、ビジネスモデルに鑑みると当然ではあるが、各アドバイザーは「この買い手ですと1週間以内に返答しないと話がなくなりますよ」と執拗に意思決定を急かしてくる。そのため、何を頼りに意思決定すればよいのかが分からなくなる。
 こうした手間を最小化するために有効なのが、あらかじめ「譲れない条件」を各アドバイザーに明示しておくことだ。Y社長の場合、幹部人材の確保・雇用継続・地域との親和性を優先条件として事前に共有することで、的外れな提案が減り、進行のスムーズさが格段に上がったという。
(4)決め手は「金額」ではなく「熱意と雇用の継続」
 最終的な買い手選定において、Y社長が最も重視したのは対価の金額ではなかった。第一条件は、「幹部人材を確保して会社を継続させること」だったという。買い手企業は九州圏を拠点に事業展開しており、地理的な連続性とシナジーの実現可能性が高かった。また、幹部人材の派遣を前提としつつ、足場材の自社保有や全国展開も視野に入れており、「双方の強みが自然に組み合わされる」関係が成立した。
 売却後、Y社長は会長職として残り、長年のネットワークや銀行・取引先との調整役を担っている。「長年築いたつながりは財産。役に立つなら喜んでやります」と語る姿は、M&Aが「終わり」ではなく「次の役割への移行」であることを示している。

2.ケース②「国に振り回される業界」から、自分で決める出口へ

(1)会社の概要と経営者の背景
 O社長は、関東エリアの市職員として31年間まちづくりに携わった後、地域への恩返しの思いからサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)を設立した。「地域の声を形にする」を信条とし、高齢者の生活環境づくりに尽力してきた。設立当初から共に歩んできた役員もいるが、経営サイドよりも現場を好んでいたため、事業承継の候補にはなり得なかった。
(2)「いつか」ではなく「今」と気付かせた業界の構造変化
 介護業界は、国の方針や介護報酬改定に大きく左右される。O社長はこの不安定さを肌で感じており、「いつ何が起きてもおかしくない」という感覚が常にあったと語る。加えて、子どもたち(息子・娘・娘婿)への親族内承継も現実的ではなく、M&Aという選択肢を真剣に検討し始めた。
 後継者候補として検討した子どもたちは、それぞれのタイミングや事情から断念。社内の役員も現場志向のため、事業承継は困難と判断した。「親族でも社員でも継げない。ならば外部に任せる」という判断は、感情的な決断ではなく、丁寧なプロセスを経た選択だった。
(3)相談の入り口──相談先選びの「見えない落とし穴」
 O社長がM&Aを意識し始めたのは約5年前。最初は公的な相談窓口にも足を運んだ。無料で相談できるハードルの低さは魅力だったが、業種の専門性や買い手とのマッチングという点では、なかなか前に進まない時期が続いた。
 その後、複数のM&A仲介会社から直接コンタクトがあり話を聞いた。しかしここで、O社長はM&A業界特有の構造的な問題に直面することになる。
 一つ目が、担当者の異動・引き継ぎ問題だ。M&A仲介会社では、営業担当者の異動や退職が珍しくない。成約まで1年以上かかることも多いM&Aの現場では、途中で担当者が替わると、積み上げてきた信頼関係や情報の共有が一からやり直しになるリスクがある。O社長のケースでも、話が進みかけたタイミングで担当者が異動になったという経験が、仲介会社への不信感につながった。通常、M&Aは成約まで長期間にわたるプロセスであるため、会社としての継続性とあわせて、担当者が最後まで伴走してくれるかどうかも仲介会社選びの重要な視点になる。また、担当者の業界理解という点も重要である。業界に精通していると説明されて依頼をしてみるものの、業界理解の擦り合わせにいたずらに時間を割かれることも多々あったという。
 二つ目が、再参入の問題だ。複数の仲介会社と接触していると、一定期間ほとんど動きのなかった会社が、ディールが進展したタイミングで再コンタクトしてくるケースがある。再コンタクトしてくる仲介会社は、買い手がいるとのことで提案をしてくれるのだが、話を聞くとそこまで買収意欲の高くない買い手を連れて来たり、売却希望条件に沿わない提案であったりと、他社でM&Aが成約されないように定期的にコンタクトを取ってくるだけの印象を覚えたという。選択肢が増えること自体は経営者にとってプラスになり得るが、本来、売り手に寄り添うべき存在が仲介会社本位のモチベーションで動くという構図は、経営者の判断を惑わせる要因にもなり得る。
 こうした経験を重ねて、O社長が最終的に辿り着いたのは、介護領域に特化した仲介会社の中でも実績のあるアドバイザーへの依頼だった。業界動向への深い理解と、丁寧かつ一貫した対応が、長い検討期間を経たO社長の信頼を引き寄せた。専任でアドバイザリー契約を締結し、複数の買い手候補から意向表明を受ける中で、最終的な決め手となったのは「以前にセミナーで登壇していた社長」が率いる会社との出合いだった。面識のある人物が経営する買い手への安心感が、最後の後押しになったという。5年という時間は、O社長にとって「信頼できる相手を見極める目」を養う期間でもあった。
(4)売却後に描く「前向きな未来」
 譲渡後の運営は買い手にすべて委ね、O社長は現在、口出しをしない姿勢を貫いている。「今回の選択に後悔はない。むしろ事業が成長する機会と捉えている」と語り、国の方針に流されず自分たちの道を切り開く次世代に期待を寄せる。
 売却準備の過程では、デューデリジェンスの資料対応が過密スケジュールとなり、「心が折れそうになった」とも話す。それでも、専門性の高いアドバイザーが伴走したことで着地できたという経験は、事前の「相談先選び」の重要性を改めて示している。

3.M&A支援の現場から──FPや金融機関の担当者に知ってほしいこと

 二つの事例に共通するのは、「最初からM&Aを目指していたわけではない」という点だ。 外部環境の変化、後継者の不在、業界構造の転換──こうした要因が重なったとき、経営者は 初めて「誰かに相談しなければ」と動き出す。  
 FPや金融機関の担当者は、資産・保険・相続の文脈で経営者と定期的に接点を持てる立場 にある。「事業を誰に継がせるか」という話題は、遺言・生命保険・株価対策など、FP業務の隣 接領域である。M&Aの詳細を熟知している必要はない。経営者の言葉の中に潜む「兆候」に 気付き、適切なタイミングで問いを立てられることが、FPや金融機関の担当者としての最初 の付加価値になる。

 二つの事例が示すもう一つの共通点は、「相談先の選び方」が成約の質を左右したという事 実だ。Y社長は複数の仲介会社に同時依頼することで競争原理を働かせ、O社長は業種専門性 の高いアドバイザーを選ぶことで停滞を打破した。どちらも、最初の一社に委ねきらなかった ことがM&Aの成約という結果につながっている。  
 仲介会社は売り手・買い手双方の利益を調整しながら成約を目指す構造上、売り手だけの純 粋な味方にはなりにくい面がある。だからこそ、経営者の立場に立った第三者が、相談先の比 較・選定やプロセス全体のセカンドオピニオンを担う役割が意味を持つ。FPや金融機関の担 当者がその入り口を担えるかどうか──それが、経営者にとって「信頼できる伴走者がいるかど うか」の分かれ目になる。  
 M&Aは「会社を手放す」ことではなく、「会社と事業・従業員の未来を守るための責任ある 託し方」である。Y社長は会長として地域のネットワークを生かし続け、O社長は事業の成長を 次世代に託した。二人の経営者の経験は、M&Aを単なる出口戦略ではなく、経営の継続と成 長のための積極的な選択として捉え直すヒントを与えてくれる。FPや金融機関の担当者が経 営者の傍らで、その選択を後押しできる存在になることが、これからの時代に求められる役割 の一つではないだろうか。

おおの しゅんすけ 株式会社日本提携支援代表取締役。千葉県野田市出身。祖父が営んでいた工務店が後継者不在で廃業した原体験から、事業承継の支援を志す。新卒で日本M&Aセンターに入社し、1000件超の相談対応と15組超の成約に携わる。「年間最多アドバイザリー契約」を最年少で受賞したほか、大手金融機関への出向や九州営業所の立ち上げも経験。2021年に株式会社日本提携支援(旧株式会社DESK)を設立。M&A仲介実務を行わない中立的な立場から、経営者に対してM&A仲介会社の比較・選定支援、セカンドオピニオンの提供、成約後のフォローアップを手がける。新潟県村上市との連携協定や隠岐諸島での事業承継支援など地方の事業承継支援に従事する傍ら明治大学客員研究員・講師等も務め、M&Aおよびキャリア形成をテーマに発信を続けている。

 

出典:Kinzai Financial Plan 2026年6月号